So-net無料ブログ作成

心を癒すもの~音楽の力 [音楽]

少し前の中日新聞夕刊に、被災地でピアノ教室を再開された、田中さんの記事が載っていた。
田中さんは、震災前から自宅で子どもたちにピアノを教えてみえたのだが、
津波で自宅を流され、現在は隣町のアパートに暮らしているという。
教室の再開もなかなか考えられなかった中で、ある日支援物質としてピアノが届けられた。
最初は迷いもあったが、「子どもだけは震災前のような暮らしをさせたい」という被災した親さんの願いを受け、教室を再開されたのだという。

教室に通う生徒さんのひとりSさんは、震災前より熱心に練習するようになったという。
きっと何か打ち込むものが欲しいんじゃないかな、と田村さんは考える。
しかし、中には「こんな大変なときにピアノなんて・・」と皮肉を言われることもあるのだという。

こんな大変なときにピアノなんて・・
こんな言葉を言う人がいるのですね。
実際、生活するのも大変な中では、ピアノどころじゃないよ、
っていう心境なのだろうけど。。
だけど、むしろこんなときだからこそピアノを、じゃないのだろうか。
ピアノを弾くことが無理な状況なら、歌でもいい・・

以前よりも熱心に練習するようになったという生徒さん、
その気持ち、わかる気がする。
現状を直視することも必要なのだろうけど、ずっとそればかりだと、
心が砕けそうになることもあるだろう。
音楽は人の心を癒す力がある、
何かに打ち込むことで、活力を取り戻すことだってできるかもしれない。
私自身、音楽によってどれほど慰められたことか。


田村さんの教室には、今、クリスマスツリーが飾られているそうだ。
そして、クリスマスソングが収められた真新しい楽譜も用意されたという。
優しく柔らかなクリスマスソングは、きっと、ピアノを弾く子どもたちやそのまわりの人たちの気持ちを和らげてくれることだろう。

"Tears In Heaven" [音楽]

今朝の中日新聞朝刊、”中日春秋”には、エリック・クラプトンの”Tears In Heaven”のことが書かれていました。
懐かしい・・以前に、何度も何度も聴いた曲だったから。

この曲は、彼の代表作のひとつであり、素晴らしい名曲でもあるのだけれど、
今は亡き彼の息子に捧げられた、切ない歌でもあるのです。
1991年、当時4歳だった彼の息子コナーちゃんは、
米ニューヨーク・マンハッタンにある高層コンドミニアムの53階から転落死してしまったのでした。

コラムの中ほどには次のようなことが・・

・・・・・・・・・・・・・・・・
<もし天国で会ったら、君にはお父さんの名前が分かるかな>
などと語りかける曲には父の無念さがにじみ、胸を打つ。
頽(くずお)れそうな自分を鼓舞するような<お父さんは頑張って生き続けなくちゃならない>
という一節も切ない。
そこに使われている英語は、carry on。継続する、頑張り抜く、持ちこたえる、といったニュアンスだ。
第2次大戦中、ドイツの激しい攻撃にさらされたロンドンでは<Carry on London>が抵抗の標語だった。
今、それをJapanに置き換えてかみしめる。
大震災による喪失はあまりに大きいけれど、私たちは、持ちこたえ、できる部分では「日常」を継続させていかなければならない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今朝、もう見ないでおこうと思っていたのに、ついテレビで見てしまった・・
小学校に行っていた娘さんが、津波で流され、まだ見つからない。
息子さんは昨日遺体で発見されたという。
想い出のものがないかと、小学校があったところへ、毎日探しに来ているのだという。
報道員が非情にもマイクを向け、ご両親にインタビューをしている。
涙をぼろぼろ流すでもなく、淡々と答える様子が、見ていて余計につらい。
気の毒とか悲しいとかというより、胸が、心が痛い。
自分がかつて経験した感情が、再び蘇ってきたのかもしれない。
どれほどの喪失感の中にこのお二人がいらっしゃるのかとおもうと・・
いや、今はまだ現実を受け止めきれていなくて、茫然自失状態にあるのかもしれない。

橋や道路、家や車は、倒れ流されても、
大変ではあるけれど、再び作り上げることはできる。
がんばって再興しよう!頑張れ!と励ますことはできるのかもしれない。
でも、我が子を一瞬にして亡くされた親御さんに向けては、
頑張れとか、そんなことばは励ましにもならないだろう。

突然の事故で愛息を失ったクラプトンも、絶望や無力感、たくさんの涙の末に、
この曲を作り、I must be strong and carry on.・・・・と歌ったのだろう

今は悲しみに暮れている方々にもいつか、時間はかかるかもしれないけれど、
どうか心穏やかに過ごせるときが訪れますように
私には、ほんとうに祈ることしかできないけれど・・

Eric Clapton - Tears In Heaven
http://www.youtube.com/watch?v=gKlcuEdtGVo&feature=fvsr


"Grow Old With Me"~ジョン・レノン最後の歌 [音楽]

ジョン・レノンが残した最後の歌
「Grow Old With Me」
シンプルな歌詞
優しいメロディー
語りかけるような歌声

心に沁み入る曲、
聴くたびに泣きそうになる。

「Grow Old With Me」 by John Lennon
http://www.youtube.com/watch?v=HwImQQUP4P0&feature=related

Grow old along with me
The best is yet to be
When our time has come
We will be as one

God bless our love
God bless our love
・・・・・・・・・・・・・・・・


ジョンが凶弾に倒れる1ヶ月前、
ダコタハウスにて、ヨーコのために歌った作品。
正式な録音はなく、ヨーコの手元に残った1本のテープを元に、アルバムに収録された。

「今も、涙がでるの 私に向かって、こう歌って、そしていなくなった。
彼の最後の歌。 イマジンのように重い歌です」
と、ヨーコは呟く。


一緒に年を重ねよう・・そう歌ったわずか1か月後に、ジョンは帰らぬ人となってしまったのです。
ヨーコはどんな想いでこの曲を聴いたのだろうか。

最愛の人がある日突然いなくなってしまう。
自分が命を失うことよりも、他のどんなことよりももっともつらいことのように思えるのです。

今、悲しみがたくさんたくさん、日本中を覆っている。
地震津波災害の放送を見ていて一番つらいのは、なにより
家族を子どもを亡くして悲嘆に暮れている人たちの姿。
会社に出ていて、もどってきたら家が流され家族の姿が子どもの姿がなくなっていた。
嘆き悲しむその姿は、あまりにも辛すぎて見ていられない。

津波は愛する家族も、家や家財も、想い出のものも、すべてを押し流してしまった・・
目の前からすべてが消え去ってしまった。

いや、すべてが消え去ってしまったのだろうか。
ともに過ごしたたくさんの想い出、大切な人を思う気持ち・・
津波でも押し流すことができないものがあるはず、たとえ形にはみえなくとも。。

ジョンがいなくなってからも、ヨーコは彼の歌とともに、
世界に向けて愛と平和のメッセージを伝え続けている。
彼の魂もまた、ヨーコとともに生き、私たちに向けてメッセージを送り続けてくれているよう。

形はなくとも、目にはみえなくとも、伝わるものがある、
失ってはいないものがたしかにあるんだということを。


タンポポの詩 [音楽]

最近よく聴くのは、昔の洋楽か、最近流行の国内アーティストのもの。
でも今朝はふと思いたって
久し振りに、アルフィーの『タンポポの詩』を聴いてみた。

これは晴香が好きだった曲で
病室でもいっしょに聴いたりしていたもの。
親しみやすいメロディー
力強くて励まされるような、元気が湧いてくるような詩。
そんな素敵な曲。

  『タンポポの詩』の一部より  

  巡りゆく季節に振り向いた時に気づくよ
  流されるままに しぼんだ夢の影法師
    思い通りにならない事こそ
    生きるという意味なのさ

  でも野に咲く花だって 何度踏まれても
  夢中で何かを探している

    朝焼け空が染まる前に
    答えを見つけるんだ!
    あきらめないで頑張り抜く
    強い気持ちでいるんだ!
 
    雨にも風にも負けないタンポポのように

    ・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を聴きながら、いつも
「晴香はどんなおもいで聴いていたのかなあ」
と考えてしまう。

病気と闘い、つらい治療にもさんざん耐えながら
それでも未来をあたえられなかった晴香

    『踏みにじられて倒されても
    何度も起き上がるんだ!    
  
      どんな時だって陽は昇る』

起きあがっても起きあがっても
とうとう陽は昇らなかった・・・

この曲を病室で聴いているときには
意識レベルもかなり下がっていたので
歌詞を認識して聴いていたのかどうかはわからない
もしかしたらメロディーだけを楽しんでいたのかもしれない。

でも、傍らで聴いている私には
無常なものにきこえてしまった。
ただ、最初の部分

  『巡りゆく季節に振り向いた時に気づくよ
  流されるままに しぼんだ夢の影法師
    思い通りにならない事こそ
    生きるという意味なのさ』

これは、その時にも、その後も
身をもって実感させられた部分。

頑張っても頑張っても
思い通りにならない事
いやというほど思い知らされた事。

激しい落ち込みや怒りを感じることもなくなってきたこの頃だけど
こうやって、ふっと懐かしい曲を聴いたりしながら
晴香の頑張りが報われなかった無念さを思ったりすると
今でも、虚しさや切なさ、不憫におもう気持ち
いろいろな感情がこみ上げてくる。

怒りの感情は薄らいでも、こういう感情は
きっといつまでたってもなくならないのだろう。


nice!(0)  コメント(0) 

クラシック・コンサートできいた「千の風になって」 [音楽]

友人から招待をいただいて、きのうクラシックのコンサートに行って来ました。

ピアノあり、フルートあり、バイオリンやチェロもあり。
それから、ソロの歌や女声の合唱もありました。
どれも、みな素敵な演奏や歌で、音楽の好きの私には
2時間がとても短く感じられました。

きのうのコンサートで、おもわぬ曲をきくことができました。
先日の日記にも書いていた「千の風になって」
秋川さんが歌われているものは、このところよく耳にしていましたが
この日のように、大勢の方の合唱で聴くのは初めてでした。

何度も目にしていた詩、何度も聴いていたメロディー
なのに、この日はいつもと違ったものに聞こえてきました。
透き通るような声、重なり合ってホールいっぱいに響き渡るたくさんの歌声
知っているはずの歌詞がなぜか新鮮に感じられて
あらためて、味わいながらきいていたら
胸が熱くなりました。

とてもいい詩だとおもっていました。
でも、今は、メロディーもとっても好きになりました。
秋川さんの歌もいいけれど、女声合唱で歌われているものももう一度聴いてみたいです。


nice!(0)  コメント(0) 

コブクロの『桜』 [音楽]

きのうTVでコブクロの『桜』 初めて聴きました。
以前姪がコブクロのファンと言っていたときには
コブクロって誰?
なんていっていたけれど 昨日聴いてみて
なかなか歌も上手いし 曲もいいなあって思いました。

毎年春が近くなると”桜”がタイトルになっている曲が
必ずといっていいほどでてきます。
そしてなぜかヒットします。
福山雅治の『桜坂』 森山直太朗やケツメイシ それから河口恭吾の『桜』
どれもみんないい曲です。

でも私にとって一番忘れられないのは森山直太朗の『さくら』です。
晴香のお気に入りで 退院してから一緒によく聴いていたからです。
そんな 思い出の歌だから 今でもこの歌を耳にすると
あの頃の記憶が 甦ってきて切なくなります。

辛かった放射線治療 桜の花が咲く頃には治療が終わるね
といいがんばっていたこと
満開の桜の中を毎日のように一緒に散歩したこと
それから日に日に晴香が元気になっていったこと
学校に復帰するようになってからは 卒業式にも出られるのではと思っていたこと
でも 次の年の桜は一緒にみることができなかった
桜の花が素晴らしく綺麗で はかないだけに
一人でみるのはいっそう辛くて切なかった。。。

森山直太朗の『さくら』も 桜の花そのものも
私にとって 晴香につながる思い出の深いものです。
だから タイトルが”桜”というだけでも その曲が特別なものに思えてきます。

まだ来春までは随分時間があります。
今回はコブクロの『桜』 何度もじっくりと聴こうと思います。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。