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インターフェロン治療 [晴香との思い出の記録]

晴香は、手術・放射線治療に加え、もうひとつ
インターフェロン治療というものを受けました。
一般には、抗ガン剤治療などがよく行われるようですが
この抗ガン剤は、副作用も出やすいうえに
必ず効果があるというものでもないそうです。
それは、腫瘍の種類、抗ガン剤の種類などによって違ってくるそうです。

残念ながら晴香の腫瘍には、効果の期待できる抗ガン剤がないようでした。
いたずらに強い薬を使って、晴香の体を弱らせてしまうよりはと、
とりあえず、インターフェロン治療を受けようということになりました。

晴香の受けたインターフェロン治療は、1週間の入院、毎日の点滴で行われました。
以下、そのころの日記より。

*************************************************
7/22
朝、H先生がみえ午後から治療はじめるとのこと。
今回は、インターフェロンのみで様子をみたいと。
抗ガン剤は使わないらしい。
希望があれば一緒にするといわれるが、今回はインターフェロンのみにしてもらうことに。
副作用もどの程度でてくるかわからないし・・・・

朝から気分よさそうで、目をパッチリ開けて起きている。
食欲もまあまあ。お昼少し前に40分~50分ほど眠る。
12:50ころ座薬。 1:20 インターフェロン治療開始。
3:10ころ点滴終了。
特に熱が上がったり、変わった様子はみられず。
少しだるいという程度。
心配していたが、目立った副作用がなくてよかった。
夜になっても元気で、3人で”うの”をする。

7/23
朝も昼も食欲あるようで、たくさん食べる。
昼寝もほとんどせずほんの少しだけ。
起きあがって散歩に行ったりはしたがらず
ずっとテレビみたりビデオみたり、”うの”をしたり・・・
今日も熱など出ず。
婦長さんがみえて、明日手術の人があるので大部屋に移ってほしいと言われる。
治療の副作用もほとんどないので
早めに通院での治療に切り替えてもらった方がいいのかも。
相談してみよう。

7/24
1週間は入院してということで、とりあえず来週の日曜までは入院治療続けることに。
ただ、週末は外泊とかしてもいいらしい。・・・・・・・・・・・・・・・・

7/26
今日は朝からとてもよい天気。
どうやら梅雨もようやく明けたらしい。
今夜から外泊するため、朝の点滴は6時開始。
今日は家に帰れると、晴香は朝からごきげんだ。
9時ころお父さん来てくれて交代。
天気もいいので、久しぶりにたくさんの洗濯をしなくては!
布団も干して、掃除もして・・・と。
夕方5時に晴香も家に向かう。
明日は土用の丑だが、繰り上げて今日鰻を食べに行くことに。
美味しい鰻丼に晴香も満足。
「うちはいいな」
と晴香がしきりに言う。
今夜は花火大会もあって賑やか。
家の窓から少しだけみえる花火を一緒にみたりした。
日中、整体へ行って、針灸してもらう。肩こりがピークだ。

7/27
久しぶりに家での朝食。
晴香は「おいしい、おいしい」と・・・
いつもはご飯とおみそ汁なので、パンにサラダが珍しかったこともあるのかな。
ゆっくり朝食を食べ、少し休んでからお父さんと病院へ向かう。・・・・・・・・

7/30
午前中に血液検査とCT検査。
血液検査の結果、異常なし。
赤血球・白血球ともに、減るどころかむしろ多くなっているとのこと。
腫瘍のせいで増えることはあるらしい。
ただ、赤血球はもともと多い方なので。。
CTは、前と比べて浮腫が減ってきていた。
全部なくなってしまったわけではないが、範囲が狭まり、黒くなっていたところ(浮腫の部分)
も薄くなっていた。
グリセオール点滴などによって、かなり水が抜けてきているので
あとは、脳圧を下げる飲み薬によって維持していくとのこと。
インターフェロン治療は、大きな副作用はなかったが
効果の方はどうだったのか。

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自宅と病院を行ったり来たり・・・ [晴香との思い出の記録]

家族旅行に出かける頃から、少しずつ気になる様子がみられるようになってきていました。
元気も以前ほどありませんでしたし、頭が痛くなったりすることも時々ありました。
言葉数も減ってきていました。

病院にいるころから、”また、学校へ行きたい”と
晴香はしきりに言っていたのですが、なかなか実現できず
自宅で療養する日々が続いていました。

このころ晴香は、自分の持ち物をあれやこれやと整理するようになり
古くなった本やノート、プリントなどを私に処分してくれと言ったり
いらないものを片っ端から捨ててしまったり・・・・と
連日、掃除や片づけに夢中になっていました。
晴香は何かを悟って、自分自身で身の回りを整理整頓していったのかなと
今から思うとそんな風に感じてしまうのですが
このときの晴香が、そこまで考えていたのかどうかはわかりません。
もともと几帳面で、自分の部屋や机の中もきちんとしていた子だったので
その時に、できることをしていただけなのかもしれません。

食欲が衰えなかったことはせめてもの救いで
私が作る料理を、いつも”おいしい”といって食べてくれたことは、
ほんとうにありがたいことでした。

このころの記録より抜粋。
********************************************************
7/15
朝、頭が痛いと言っていたけれど、薬飲んで昼頃になると元気に。
午後から高富に行って、いとこやおばあちゃんともいっしょに”うの”をする。
その後は、畑でおじいちゃんのつくった野菜を収穫したりして、楽しかったね。
外に出て気分もよかったみたい。

7/16
今日は買い物に行きたいというので
柳津のイトーヨーカドーまでいっしょに出かけることに。
途中晴香はあくびを何度もするので、シートを倒し、横にならせていく。
頭は痛くない、気分も悪くないと家で言っていたので
眠いのかな、と思っていたのだけど・・・
着いたとたんにおう吐。
真っ青な顔をして、グッタリしている。
暫くの間ベンチに横になっていたけれど、その後お店の人が救急車を呼んでくださったので
そのまま県病院へ運んでもらう。
CTの結果、浮腫により脳圧が高くなっているので入院治療の必要ありとのこと。
この日も点滴の針が入らず、脳圧を下げる飲み薬だけを飲む。
大人でも飲めない人がいるくらいまずい薬らしいが、晴香はがんばって飲んでえらいな!
個室がいっぱいで、大部屋になった。夜中、音をたてないように気を遣う。

7/17
晴香がしきりに家に帰りたがるので
点滴もついてないことだからと退院の許可をもらって家に帰る。

7/18
朝なかなか起きてこず気分悪そう。
おう吐。薬の飲むがすぐにまたおう吐してしまう。
病院へ連れて行くと、再び入院になる。
点滴が手足になかなか入らないので、麻酔の上
鎖骨下の静脈にカテーテルを入れる。
***********************************************

この日、18日は1学期の終業式でした。
状態がよかったら、終業式だけでも出させてあげたい
たとえ私がいっしょについていくことになってもいいから・・・
そう思っていたのだけど、入院することになってしまい
実現できませんでした。


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最後の家族旅行 [晴香との思い出の記録]

このところ、現在のことと過去のことが交錯してしまってすみません。
なんだかごちゃごちゃして、わかりにくい日記になってしまってます。
きょうは、再び3年前のことにもどって。。。

***************************************************
6月30日に退院。その後自宅にてすごす。
このあとしばらく調子もよかったので、お世話になった先生や私の友人などを訪ねていったり
以前お世話になっていた小児科の先生のところへ挨拶にうかがったりしました。

以前から、晴香が元気になったら家族で旅行をしたい
という願いがありました。
しかし、頻繁に入退院を繰り返したりしていたことからも、主治医の話からも、
いつまた状態が悪くなって入院になるかもしれない・・・・・と
そんな不安と向き合う日々でした。
秋頃には、晴香が元気になって髪も少し生えてきて、いっしょにディズニーランドにもいけるかもしれない・・
その願いも、かなえることは難しい状況になってきていました。

もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。
このときを逃したら2度と家族で旅行に行けないかもしれない。
そう考えて、ちょっと心配だけど思いきって家族旅行に出かけることにしました。
ガイドブックをみながら夫婦2人であれこれ相談。
晴香の状態を考えると、あまり遠出はできない。
暑いときだから、屋外で長時間過ごせない。
思案の結果、宿泊は愛知県の蒲郡、行きに温水プールのある
安城のマーメイドパレスに寄っていこうということになりました。

出発したのは7月11日。
途中土砂降りに遭いましたが、安城のマーメイドパレスにつく頃にはほとんどやんでいました。
もともとプールが大好きだった晴香。
以前のように自分で泳ぐ力はありませんでしたが
浮き輪にのって、水に漂いながらとても嬉しそうな様子でした。
私は前日に微熱が出たりして、体調に少し不安があったので
この日はプールに入らず、外から様子をみていました。
晴香の表情をカメラに収めようと、1枚撮ったところで
監視員の人に、「館内は撮影禁止です!」と注意されてしまいました。(だから、このときの写真は1枚だけ。もちろん撮影禁止とは知らずに撮った1枚です。)
ガラス越しだったので、あまり鮮明ではないのですが、なかなかいい表情で写っています。
気持ちよく水の中に漂っていた晴香も、途中スライダーで頭を打ち、しばらく頭痛に悩まされてしまいました。少し休むとおさまってきましたが、早めに切り上げて宿へと向かうことにしました。

宿泊地は蒲郡の竹島が正面にみえるホテル
ロビーに入って待っている間、晴香に「社長の椅子みたいだねー」と言うと、社長のポーズをとって以前のようなお茶目な一面をみせてくれました。
この日、夕食までは何事もなく元気に過ごしていましたが
食後、ロビーに降りて催し物や土産物などをみていると
突然に晴香が歩けなくなってしまいました。
右足に、軽い麻痺が起きたようでした。
突然のことに驚いたものの、とにかく横になって休ませなくてはと、晴香をおぶって部屋に連れて行きました。
晴香の状態によっては朝を待たずに病院へ車を走らせなくてはいけないだろう
そんなことを考えたりして、その夜はほとんど眠ることができませんでした。
幸いにもその夜、晴香はよく眠ったようで、朝起きると頭痛も麻痺もなく元気な様子だったので
ホッとしました。
ほんとうに紙一重といってもいいくらい、何がおきてもおかしくないギリギリの状態でした。

無事に2日目をむかえられ、朝食もよく食べられたので、予定通りラグーナ蒲郡に寄っていくことにしました。
ここは前年にも家族で訪れ、プールに乗り物にと1日たっぷり遊んでいったところでした。
この日はプールには入らず、乗り物にもほんの少しだけ刺激のないものを選んで乗りました。

状態に不安のある晴香を連れ、はらはらすることも多かった家族旅行でしたが
今から思うと、ちょっと無理にでも思いきってでかけてよかったなぁと思います。
あれが、最後の家族旅行だったのだから。
やめてしまっていたら、きっと悔いが残っただろうから。
時々おそってくる頭痛や麻痺とも闘いながらも、たくさんの笑顔を残してくれた晴香。
手元にはそのときの笑顔の写真がたくさん残っています。
もちろん、私たちの心の中にも。。


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度々の入院生活 [晴香との思い出の記録]

手術当日も、朝から激しい頭痛に苦しめられていました
痛み止めもきかず、明け方からはおう吐を繰り返しました。
朝8時に、脳圧を下げる点滴を始めるとようやく痛みや吐き気がおさまってきました。

*******************************
6/24
・・・・お昼過ぎから、再び苦しそうな様子。
座薬をいれたりして様子を見る。
1時45分に手術室へ。
頭が痛いようでしきりにおでこに手をやる。
苦しいのによくがんばったね。
手術したら楽になるからね、あとすこしがんばって、晴ちゃん!

4時半頃手術終了し、その後CT,レントゲンをとってから5時ころ
病室にもどってくる。
少し麻酔が残っているらしいが、意識ははっきりしていて話しかけるとにっこりしてくれる。
痛みもないよう。
手術前の吐き気や頭痛もなくなってすっきりした様子。
無事に終わって晴香の元気な顔をみてホッとした・・・・・
*******************************

手術の後、しばらくのあいだぐっすり眠れないという日々が続きました。
晴香は小さい頃から、とても寝付きのいい子で、一度眠ったら
なかなか目を覚まさない子でもありました。
昼間眠るから、夜眠れないというのならまだわかるのですが
このころは、昼間も夜も眠れないということがよくありました。
病気のせいなのか、あるいは手術や麻酔などの薬の影響なのか
わからなかったけれど、眠れないという経験がそれまであまりなかっただけに
晴香にはつらいことだったようです。
この頃、精神的な面でもかなりナイーブになっていたように思います。

入院生活にはもうウンザリと言った様子でしたし
1階の救急センターにやってくる救急車のサイレンが聞こえてくると
「もうあの音いや!ききたくない!」と、耳を塞ぐようになりました。
私がちょっとでもいなくなると不安がり、家に帰って病室にもどってみると
涙ぐんでいたり・・というようなことも何度かありました。
小児病棟のように、子どもがいるわけでもなく
ほかの病室は年配の大人ばかり
個室にいることが多かったので、家族がいないときは晴香は1人ぼっちでした。
時々看護師さんが覗いてはくださっていましたが
ずっといっしょにいてもらえるわけではなく
どんなにか心細く怖かったことかと、今からおもうとかわいそうなことをしたと思います。
ただ、そのころは、家のことと晴香の付き添いと両方をやらなくてはならず
私自身もぎりぎりの状態だったように思います。
私と主人と下の娘の3人で協力して、やりくりしていました。
個室にいる間は、主人が私と交代で病室に泊まってくれました。
朝、病室でスーツに着替え、そのまま職場に出勤ということも何度もありました。
みんなの協力があったからこそ、晴香を1人にする時間を極力少なくして
そばについていてあげることもできたんだと思います。

それでも、時々病室にもどってくると約束した時間に遅れてしまったこと
何回かあったね。
寂しい思いをさせて、ごめんね。


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3度目の入院 [晴香との思い出の記録]

この頃の晴香の状態は、良くなったり悪くなったりで
何度も入退院を繰り返していました。
17日に退院したものの、翌日からも1日のうちどこかで、”頭が痛い”
といい、ロキソニン(痛み止め)を飲むとおさまってくるという状態でした。

6月22日の日曜日。
この日は朝から沙織と私は、スポ少の行事、ラフティングボートでの川下りがありました。
晴香はいつも以上に頭痛がひどいようだったので、とても気がかりでしたが
主人にまかせて、2人出かけていくことにしました。
晴香も、薬を飲むといくぶんか楽になったようでした。
晴香自身もスポ少にはいっているときに、ラフティングをした経験があり
”懐かしい河原に出かけていき、沙織たちがラフティングしているところもみてみたい”
という思いがあるようでした。それで、晴香もお昼頃には主人と2人で長良川の
河原(藍川橋下あたり)へとやってきました。
残念ながら、ラフティングはすでに終わってしまっていましたが
懐かしい河原に立って、お世話になった先生にも声をかけていただいて
嬉しかったようです。
もう少し体調がよかったら、もっとよかったのですが。。
家に帰る頃から、また調子が悪くなってきてしまいました。

翌日は、診察日。
朝から激しい頭痛を訴え、痛み止めを飲んでもなかなかきかないようでした。
病院では、座っているのも辛い様子だったので
事情を話し、ベッドで休ませてもらいました。
診察もCTも、とても混んでいたのですが、事情を考慮してくださって
すぐに呼んでいただけました。
このあたりの病院側の配慮には、とても感謝しています。

CTの結果、水がたまってきているために
脳が圧迫されて腫れている状態だという。
緊急手術が必要とのこと。
結局そのまま病室に移り、入院することになりました。
例によって、また点滴の針が入らず。
足の付け根部分に麻酔薬をうち、鎖骨付近に点滴の針を入れることになりました。
脳圧を下げる点滴をすると、しばらくして気分良さそうに眠り出しました。


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再入院 [晴香との思い出の記録]

救急車で運ばれた先は、県病院の救命救急室。
中に入ってからも、何度もおう吐。
点滴の針がなかなか入らず、あちこち青あざだらけに。

晴香は赤ちゃんの頃から血管が細く
採血のときにはなかなか針が血管に入らず、大変な思いをすることが多かった。
ひどいときには30分以上もかかって、あげくに”お母さん外に出ていてください”
なんてこともしょっちゅうあった。
そのたびに、待合いで泣き続けるわが子の声を聞いていなくてはならず
それは、そうとうつらいものだった。
今回の病気になってから、血圧が下がっているのか
どうしてなのかわからないけど、針はますます入らなくなってしまって
採血や、点滴の度にお医者さんも看護婦さんも大騒動だった。
入院を繰り返すうちに、しだいに”お母さんは外へ”とは言われなくなり
私もいっしょになって、不安になっている晴香に呼びかけたりなだめたり。
大人だってチクリとやられるのはいやなのに
あちこち青あざだらけになるほど針をさされまくった晴香はどんな思いだったろうかと思うと
今でも、かわいそうでいたたまれなくなってくる。

お医者さんも苦労の末、やっと点滴の針が入り、投薬をはじめてもらうが
なかなか意識がはっきりともどらず
結局落ち着くまで入院することになる。

以下、このころの闘病記録より一部抜粋してみました。

********************************

6/10
浮腫のため頭が腫れている状態。
昨日から何度ももどし、頭をおさえて苦しそう。
頭の腫れをとる点滴をしてもらう。
少しずつ意識がもどってきて、こちらの言っていることもわかるように。

6/11
昼過ぎまでよく眠る。午後MRI 脳波の検査を。
その後、よくしゃべるがいろいろなことが混乱しているよう。
お父さんもお母さんもさおちゃんも区別がつかないようでショック
どうなってしまったの?
夜、H先生から検査結果を聞く。また、きびしい話。
以前は造影されなかった腫瘍が、今回まっ白に造影されており、
よくない状態であるということ。さらに左側だけにあると思われていた腫瘍が
右側にも及んでいる。(このことは4/22の木沢病院で受けた
PET検査の結果を聞いたときにも同じことを言われていた・・)

6/12
朝から目覚めている時間が多く、とてもよくしゃべる。
きのうよりずっとしっかりしてきて、言っていることもまともになってきて安心。
晴香がやっとまたもどってきてくれたみたいで、ものすごくうれしい!
久しぶりにプリンやおにぎりなど少し食べられ、トイレまで歩いたりもできた!!

6/13
今日は朝から普通食。
朝は半分くらい。昼は4分の1くらいだったが、夜は4分の3も食べるほどの食欲。
おいしいといって食べられるのがとってもいい。
けいれん止めのシロップを飲み、点滴を少なくしていく。

6/15
食事がとれるようになってきたので、昼間の点滴がなくなって一時外出できる。
昼食は4人で王将へ。その後自宅へ行き休み、5時過ぎに病院へもどる。

6/16
血液検査の結果、けいれん止めの血中濃度が上がってきて、点滴をはずせるように。
今夜か明日にでも退院していいことに。

6/17
昨夜のうちに退院すると一度は決めたものの、点滴をはずしたとたんに
急にせきだしたため、大事を取ってもう一晩とまることになった。
朝、せきもおさまり退院することに。
荷物は大部分昨夜のうちに持ち帰っていたので、今朝は晴香と2人
身軽に家に帰る。
久しぶりのわが家はやっぱりくつろげていいね。

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初めて起きたけいれん発作 [晴香との思い出の記録]

6月2日

修学旅行から帰ってきた次の週から、追加の放射線治療が始まりました。
前回、かなりの量をあてていたのですが、それにさらにもう1週間、限度ぎりぎりのところまで
放射線照射をすることになりました。
その治療のせいもあったのですが、状態もあまりよくないということもあって
6月になってからは以前のようには学校へ行くことができなくなりました。
修学旅行に出かける少し前から体調が下降気味だったのですが、6月に入ってからも状態はよくならなかったのです。
それでも、学校へ行きたいという晴香の想いを大事にしてあげたくて
調子の良さそうな時をみて、日に1時間とか2時間だけでも学校に出してあげるようにしていました。

休みの日にも、晴香に負担がかかりすぎない範囲で楽しめるようにと、
1日にはカラオケに、8日には知り合いのTさん宅へと出かけていきました。
Tさんのところには、9ヶ月になるKちゃんがみえて
小さい子が格別に大好きな晴香は、とても喜んで
だっこしたり、ニコニコと笑いかけたりしていました。
Kちゃんを膝にだっこして写っている晴香、とっても嬉しそうです。

この日のことを、生活ノートにも書いています。
字の乱れが、体調の悪さを物語っているかのようです。
6月8日


この日の翌朝、10時ころ、いつものように学校へ出かける準備をしていると
突然のけいれんが!
最初、手をわずかにぴくぴくさせていたのが
次第に腕全体に広がり、目の表情もおかしくなっていきました。
けいれんだ とわかってから、一瞬あわててしまったけど
自分に落ち着いて!といいきかせ、
まず、晴香の体をよこたえ、顔を横に向けました。
そして、”はじめてのけいれんがおきたときはすぐに病院にくるように”
という医者のことばを思い出して、急いで救急車を呼びました。
受話器をにぎる自分の手が震えていたのかどうか 
夢中だったのでおぼえていませんが
焦る気持ちや動揺する気持ちをおさえながら
必死で電話をかけたことだけは、今もよく覚えています。
救急車の中で、激しくおう吐。すごいスピードで走る救急車の車内は
あっちに揺れこっちに揺れ。
立っているのもやっとという状態でした。


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いっしょに行った修学旅行 [晴香との思い出の記録]

この季節、あちこちで修学旅行の話が聞かれるようになりました。
晴香の通っていた中学でも、今月の1日から3日まで
3年生が修学旅行に出かけていきました。
ここ数年、行き先は長崎なんだそうです。

晴香たちの年は、2泊3日で、広島神戸大阪(USJ)
をまわることになっていました。
今からちょうど3年前のことです。

5月の半ばくらいから、だんだんと体力が落ちてきて
3日間の修学旅行、すべてクラスメートと行動を共にすることは
とても難しい状況になってきていました。
それでも、なんとか修学旅行には行かせてあげたい。
つらい病院生活を乗り越えて、これまで頑張ってきたのだから
楽しい思いもあじわわせてあげたい。
学校に行きたい。修学旅行にもみんなと一緒に行きたい。
そんな、晴香の願いを叶えてあげたい
なんとか良い方法はないものかと、あれこれ考えました。

行きの広島までは新幹線を使うということもあったので
クラスメートのみなさんと一緒に出かけていくことになりました。
いろいろ心配なこともあったので、気をつけてほしいことなど
紙に書いて、引率される先生にお渡ししてお願いをしました。
病気の子は連れて行けないといわれてしまえばそれまでだったのでしょうが
私たちの想いを理解してくださり、いろいろ配慮してくださった
当時の先生方には、たいへん感謝しています。
また、晴香のことを気遣って優しく接してくださった同じグループの子たちや、
クラスメートのみなさん、いろいろ声をかけてくださった同学年のお友達
みなさんにも、感謝の気持ちでいっぱいです。


広島記念公園にて。 写真は校長先生が撮ってくださいました。

2日目、広島から神戸へ移動。
この日、私は岐阜から神戸まで出かけていき、晴香とともに
みなさんより一足先に宿へと引き上げました。
体力的にこれ以上みなさんと一緒に行動するのは無理だろうと思われたからです。
宿に着いてから、二人で宿の前にある公園(須磨寺公園)を散歩したり
写真を撮ったり、お風呂に入ったりと、ゆったり過ごしました。


神戸市須磨区にある臨水亭。 晴香と一緒に泊まった旅館にて。

3日目、バスでUSJへ。
私も、いっしょにバスで移動。
最初の2時間ほどは、グループの子たちといっしょに行動。
その後は、私と2人で買い物をしたりして過ごしました。


USJにて。

帰りは、バスだったのですが、長時間バスに揺られていくよりはと
あえて、みなさんとは別行動を取ることに。
USJから、大阪駅まで電車で。
大阪からは新幹線で帰ることにしました。

USJの中では元気に歩き回っていた晴香も
帰る頃にはさすがに疲れた様子でした。
USJから大阪駅まで、タクシーでいこうかとも考えたのですが
タクシーだと1時間もかかるとのことで、やはり電車で行くことにしました。
駅構内をたくさん歩かなければいけない。
疲れた様子の晴香をみて、心配になってきました。
もし、晴香が歩けなくなったらどうしよう。
突然に気分が悪くなったらどうしよう。。。と
いろいろなことが頭をよぎりました。
でも、そうなったらそうなったとき、歩けなくなったらおぶっていけばいい。
そう考えたら、覚悟が決まりました。
大きな荷物をバスに載せていってもらったことも、正解でした。
幸いにも、USJから大阪駅、新幹線と
スムーズに乗り換えができ、座っていくこともできたのでホッとし
ここで、無事に新幹線に乗れたことを家族宛にメールしました。

名古屋駅からはJR在来線に乗り換えて岐阜まで。
車内は大変な混雑で、座ることはできず。
なんとか手すりにつかまれるところまで晴香を誘導すると
体力の限界とばかり、崩れ落ちるように座り込んでしまいました。
それをみていたのか、奥に座っていた大学生風の青年が
さっと席を立って「どうぞ」と晴香に席をゆずってくださいました。
このときばかりはほんとうにありがたく思えました。
とても嬉しかったので、晴香が病み上がりなこと
修学旅行に行ってきて、今帰りなのだということ
疲れ果てていたので、とても助かったことなど
いろいろ話し、感謝の気持ちを伝えました。
電車を降りる際に「どうか、お大事に。お嬢さん、元気になられるといいですね」
と、その方はおっしゃってくださいました。
若い方なのに、親切に優しい言葉までかけてくださって
とても温かい気持ちになりました。

無事にいってこられた修学旅行。
たくさんの人々のお世話になりました。
お友達や先生、旅館の方々、旅行社の方、席を譲ってくれた青年
そして、私が2日間いない間家で待っていてくれた家族
みんなのおかげです。
晴香にとっても、そして私にとってもかけがえのない思い出となりました。


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だんだんと・・・ [晴香との思い出の記録]

3月17日に退院してから、どんどん回復していった晴香。
4月の末からは、念願だった学校へも戻ることができ
連休には大阪まで出かけていくこともできました。
このまま、元気になっていって
もっともっといろいろなところへでかけられたらいいな。
夏には山岡で、みんなとゆっくり過ごせたらいいな。
バーベキューや花火もしよう。
ちょっと涼しくなった秋には、晴香の行きたがってるディズニーランドへもいけたらいいな。
楽しい思い出もっともっといっぱいつくっていきたい。
そんな風に思っていたのに
晴香の調子は5月の半ばくらいから、だんだんと下降気味になっていきました。
ディズニーランドどころか、間近に迫った修学旅行も大丈夫だろうか
行けるだろうか。。と心配になってきました。

<この頃の生活ノートより>
5月13日

5月14日

5月15日

5月16日

5月19日


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ゴールデンウィークにUSJへ [晴香との思い出の記録]

晴香は、学校へ行くようになってからどんどん元気を取り戻し
ときには班員の子をからかったりなど、以前のお茶目な晴香を思わせるような
場面もみられるようになってきました。
今から思うと、4月から5月の上旬にかけての頃がピークだったように思います。
連休には、家族で大阪の親戚の家へ。
いとこたちと一緒に、USJに遊びにいったり
自宅で一緒にバーベキューをしたり。
とても楽しい時間を過ごしました。
修学旅行でもUSJに行くことになっていたので、
どんな乗り物があるのか、どれが危険でどれなら乗れるか
ちょうどよい下見にもなりました。
たくさんたくさん歩いたのですが、それほど疲れた様子も見せずに
元気に歩いてくれました。

スヌーピードリンクを手に満面の笑みの晴香。
この笑顔を再び見ることができて、よかった。


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