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9回目の命日 [思うこと]

きのう10月2日は、晴香の9回目の命日でした。
台風の余波なのか、やや雲が多く、時折強めの風が吹くこともありましたが、
雨の心配もなく、青空が覗く爽やかな一日になりました。

毎年この日は特別な日、であるには違いないのですが・・
昨日は、特別ではあるけれど何か特別なことをするわけでもなく
実に静かに過ぎた一日でした。
誰かがお参りにいらっしゃるということもなく、
家族も別々、なので一人晴香のことを想い、花とお菓子を供え、
お線香をあげ、静かに手を合わせ・・・
そんな自分自身も、命日だからと一日家にいることもなく、
普段通りに用事や仕事に出かけたり。
こんな風に普段通りに過ごした命日は、きのうが初めて。
以前には考えられなかったこと、
9年という歳月が、人の心の内を変えていくものなのだなあと、
改めて思えてきます。

きのうが晴香の命日だったということ、
実は私の実家の誰もが忘れてしまっていたのです。
ちょっと淋しいような気もするのですが・・
先週末父の四十九日だったということもあり、
母も兄も姪も、みんなおそらくそのことでそれどころじゃなかったのかもしれません。
あるいは、人は何か大きな悲しみに襲われると、それまでの悲しみを忘れてしまうというか、
気にならなくなるということもあるのかもしれません。
母の場合、やはり長年連れ添い常に傍にいた父がいなくなるということは、
何にもまして、大きな悲しみであり心の痛手であることに違いないのでしょう。
それと、9年という歳月が、少しずつ少しずつ悲しみを和らげる力を与えてくれたのかもしれません。
みなが晴香のことを忘れてしまったわけではないのでしょうから、
命日のことを忘れていても、咎めようとはおもいませんし、薄情だともおもいません。
母親である私自身でさえ、9年前とは明らかに変わってきているのですから。

変わってきているのは、命日に対することばかりでなく、
そのほかのさまざまなことについても言えるとおもうのですが・・
最初の1年目、2年目に感じていた、晴香とどんどん遠ざかって行くような気がして
淋しいという感情。
それはこのごろでは、遠ざかって行くというよりは、むしろ近づいていくという感覚に
変わってきているようです。
自分自身もどんどんと年をとっていき(平均寿命からいえばまだまだ若い方なのでしょうが・・)
気持ち的には、晴香のいるほうにむしろ近づいてきているような、
もういつでもそちらに行ってもいいような、そんな想いになってきているということ。
父も四十九日を終え、晴香と同じところに還っていったんだなぁなどと想像していると、
なんだかあちらが賑わしくなってきて羨ましくなってくるような。。

そうはいっても、こちらにいればいたで、あれやこれやといろいろなことに
忙しく過ごしていくのでしょう。
せっかくこちらにいるのですから、それなりに楽しんで。
9年前には想像もできなかったけれど、こんな風に自然体でいられるようになったことは
きっといいことなのでしょうね。

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