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修学旅行 [家族]

どうなることやらと心配していた、沙織たちの修学旅行でしたが
先週土曜日、無事出発することができました。
直前まで学級閉鎖になっていたクラスもあったようで、参加できない子がいたら可哀そうだなぁと思ってたのですが、なんと当日は、欠席者ゼロ、全員参加できてホントによかったです。
(でも、現地で発症、最終日に迎えに来てもらった子もでてしまったそうですが。。)

修学旅行は、4日間で、阿蘇山、ハウステンボス、長崎市内、太宰府をまわるという日程
出かける前は、行き先が中学の修学旅行と同じ長崎だからいやだなぁとか言っていた娘でしたが、出かけてみれば、同じところでも、「メンバーが違うからとても楽しかった!」とのこと。
天気も快晴!とはいかなかったらしいけれど、意外にも雨に降られることは一度もなかったそうで、なかなか思い出にのこる楽しい修学旅行となったようです。
デジカメに残された画像をみても、その様子がよくわかります。
なにはともあれ、無事に出かけて無事に帰ってこられて、よかったよかった。。

001.JPG

太宰府天満宮のおみやげはお守り
自分用に学業お守り、父と母には健康お守りを買ってきてくれました。
そのほかには、チーズケーキに長崎かすてら、通りもんに太宰府の梅が枝餅・・・と
甘くておいしそうな食べものばかり。。さすが我が娘、甘いものには目がないです(^^;)

太宰府天満宮の学業お守りは、来年の受験を意識してのことなのか
他校に通う親友の分も買ってきてました。
沙織も来年はもう、大学受験。。この間高校受験終わったばかりだったような気がするのに、もうあと1年ちょっと。高校時代は早く過ぎると言うけれど、ホントにその通りと実感。
高校受験も大学受験も、修学旅行も、どれもが貴重な経験
それなりに大変なこともあるだろうけど、経験したくてもできなかったお姉ちゃんのことをおもえば、すごく幸せなことだから。。
修学旅行の楽しかった思い出も忘れずに、残りの高校生活も楽しんで、来年の大学受験も貴重な経験として立ち向かっていってほしいなと、母は願っています。見守ることしかできないけれどね^^

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宗教多元主義 [科学・宗教]

一昨日、たまたま宗教について書いたところ、次の日の夕刊に
それに関わる記事が載っていたので、驚いた。
以前にも、ちょうど自分が考えていることと同じようなことが、新聞記事に取り上げられていたり
ふらりと入った書店でたまたま手に取った本が、まさに探していた内容の本だったり・・・と、偶然の一致に驚かされることが何度かあった。
臨床心理学者の河合隼雄氏によると、こういうのを「意味のある偶然」と呼ぶのだという。
人の一生の間には、因果律で説明できない、このような意味のある偶然というべき出来事が、案外たくさんおこるものなのだという。

はっとさせられた昨夜の新聞記事。
意味のある偶然なのかもしれない。。これは、やはりこちらにも少し引用させてもらうことにしよう。


中日新聞11月19日付夕刊コラム
 「小説家と評論家」富岡幸一郎 より

『・・・・・遠藤周作は周知のようにカトリックの幼児洗礼を受けて、キリスト教を日本という異教の風土においてどう受けとめるかというテーマに一貫して挑んだ作家であった。しかし、それはたんに宗教と精神風土の問題にとどまらず、現代文明の大きな課題である宗教原理主義といわゆる”文明の衝突”を正面から受け取め考える道を示している。つまり、2001年の9月11日の米国での同時多発テロ事件をきっかけに突入した、「新しい戦争」の時代にたいして、「宗教多元主義」の可能性を遠藤の仕事は先駆的に呈示しているのである。・・・・・一神教(キリスト教)を全身全霊を以って受けとめたからこそ、遠藤周作は諸宗教にたいするコムプリヘンシブ(包括的)な理解をなしえたのであろう。「宗教」というものにたいする真のコムプリヘンション(理解)こそが、21世紀の人類の最大の課題である・・・・・』


宗教多元主義とは・・・

wikipediaによると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E5%A4%9A%E5%85%83%E4%B8%BB%E7%BE%A9

この部分が気になるところ

「今でもいわゆる排他主義的な思想を採用している宗教者の中には、宗教多元論を激しく攻撃する者もある。排他主義と多元主義の論争は、今日多くの宗教の中に見られる現象である。キリスト教やイスラム教における論争がよく知られているが、それは一神教に特有なものではなく、仏教やヒンドゥー教などの多神教においても見られる現象なのである。」

これによると、宗教論争は、イスラム教やキリスト教に限らず、仏教やヒンズー教でもあるとのこと。
一神教だけでなく、全世界中の問題でもあるということだ。
宗教的な対立がなくなり、お互いの宗教を認めあえるようになれば、今起きている紛争も解決するものが随分とあるのだろうに。なかなか簡単にはいかないのだろうなぁ。ほんとに難しい問題だ。

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「宗教は最大の死因」~ナダルの衝撃発言より [科学・宗教]

敬愛するスペインテニス選手、ラファエル・ナダルの最新インタビュー話題になっています。
インタビューでは、テニスに関することだけでなく、戦争や貧困、宗教などについても
触れられていて、中でも宗教に関わる発言は、あちこちに波紋をなげかけているようです。

どうやら、この発言が原因のよう

"To me, religion is the biggest reason of death in history"
僕にとっては、宗教が歴史の中で最大の死因だ

いつも見ているtennisnakamaさんのブログに、ナダル発言の内容が翻訳&要約され
わかりやすくまとめられています。

http://newyork.blog.tennis365.net/archives/article/223246.html


インタビューより。戦争や貧困、宗教に関わった部分

*****************************

Q:健康以外に気にかけていることは?

ナダル:今世界で起こっているいろんな悲惨な状況に心が痛まない人はいないと思う。貧困、誘拐、戦争、飢饉、世界の危機に無関心な人はいないはず。僕は特に子供たちが戦争や飢饉で命を落とすのが耐えられない。

Q:ナダルの理想的な世界とは?

ナダル:理想的な世界はあり得ないけれど、まず武器を破壊すること。よく人々は貧困が不幸の原因だと言うが、僕はインドで貧しいながらも幸せそうな人たちをみてきた。彼らは何もなくて道ばたで寝ていても顔は正直だ。ここでは豊かな生活をしているのに、不幸な人たちが多くいる。僕にも当てはまるけれど、僕たちがいかに恵まれているか、僕たちはよく見えていないんだ。 彼らから多くを学ぶことがあると思う。

Q:もし友だちがスペイン兵士としてアフガニスタンの戦場に送られることになったら? 彼への見送りの言葉は?

ナダル:何を言ってよいのか分からない。戦争に行くこと自体信じられないことだから。ラディカルな行動や思想が原因で世の中には悪いことがいろいろ起きている。他人の趣味や信念、意見を尊敬すれば防ぐことができる場合が多いのに。特に宗教についてはそうだ。(追加訳:宗教心のある人、無神論者、キリスト教信者ムスリム教信者、いろんな人がいてよいはずなのに。)宗教が原因であらゆる残虐行為が行われている。僕は宗教が歴史のなかで最大の死因だと思っている。

****************************


心優しく、純粋なナダルらしい発言。それに、ものすごく勇気ある発言でもある。
日本のような宗教の影響が比較的少ない多神教容認の国ならともかく、唯一神で神は絶対的なものである・・・というような国の人にとっては、このナダルの発言は、大いに問題ありなのかもしれません。

だけど、過去の歴史を冷静に眺めてみれば、このナダルの発言を、短絡的と批判して簡単にすますことはできないと思うのです。
少し前に、梅原猛さんの「梅原猛の授業 仏教」をパラパラと見ていたのだけど、この本の最初に、ハンチントンの「文明の衝突」について触れられた箇所がありました。
それは、「現在の世界史の大問題は、文明の衝突である」というもので、さらにその背後にはたいてい個々の宗教の問題が絡んでいる、というのです。
西欧文明にはキリスト教やユダヤ教、東欧文明にはロシア正教、アラブ文明にはイスラム教が。
インド文明にはヒンズー教、中国文明には儒教が、そして日本には土着の神道と混合した独自の仏教があり、アフリカには天地万物に命があるとするアニミズム的な信仰があるとしています。

生きとし生けるものすべてを尊重し共存していこうとする、仏教やアニミズム信仰に対し、キリスト教やイスラム教は、唯一神信仰であり、また人間が最も優れていると考える人間中心主義の信仰ともいわれています。
西欧で始まった科学技術の進歩も、このような人間中心的な考え方から生まれたものなのだという。
また、一神教の中でも、イスラム教は極端で、アラーの神しか神はいない、いっさいの偶像は認めない、他の宗教はぜんぶ邪道だという厳しい宗教なのだそうです。
だから、バーミヤンの仏像も壊してしまうことができたのですね。

宗教の名のもとに、これまでどれほどの殺戮が繰り返されてきたことか。
本来人の心を救うはずの宗教が、戦争の大義名分となってしまう
また、人を堂々と殺める原因ともなってしまう。これは、ほんとうに矛盾している。
他者を認めない宗教、自分たちの宗教だけが本当のものだと主張するのも、宗教の本来あるべき姿とはかけ離れてしまっているように思えるのだが。。
日本だって、オウム真理教の事件を思い出してみれば、このような問題が他人事とは言っていられないと思う。
宗教が本来の宗教から離れてしまい、その中にどっぷりと浸ってしまうと、真実がみえなくなってしまうのだろうか。


若干23歳の若者の発言だけど、実に重い言葉。
今回の発言をめぐって、テニス関連ブログなどで賛否両論の議論が行われているようです。

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