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命のメッセージ展~鈴木共子さん [ニュースより]

数日前の夕刊に、鈴木共子さんのことを紹介する記事がかなり大きく載っていました。
1ページの3分の2くらいの紙面が割かれていました。

私自身は、面識もないし、あまり詳しくは知らないのですが・・
息子さんを交通事故で亡くされたことなど、
「ずっと、いっしょだよ」の本の中に書かれてあることくらいしか知りませんでした。
記事には、鈴木さんが
息子さんが入学されたばかりで、通えなかった早稲田大学に
鈴木さん自身が2浪の末入学し卒業されたこと。
造形作家としての経験を生かし、命の大切さを訴える
命のメッセージ展を各地で開いてみえること。
鈴木さんからのメッセージなどが、紹介されていました。

記事の最後に書かれていた、鈴木さん自身の声がとても印象的でした。

以下引用(中日新聞5月23日付夕刊より)
**********************************************************
私の取りえはアートという手段をもっていたこと。子供を亡くした体験を
形にしたいと思ったのです。
命をテーマに作る方はたくさんいますよね、命のイメージの歌とか。
でも私は自分が経験した、血を吐くような、そんな思いから作っていきたい。
同じ体験をしたかたを知っているし、全部の代弁者にはなれないけれど
生きているってすてきなことなんだよ、と伝えたい。
悲劇を超えたところにある命への賛歌を。
そこに私の役割があるのかなと。
今まで「零ちゃんを生きる!」と夢中でやってきたのですが
早稲田を卒業して、私を生きたい、と思うようになりました。
零ちゃんとの約束を果たしたいというか。
 命をキーワードにミュージアムを作るのが夢です。早稲田で学芸員の資格もとりました。・・・・・・(中略)・・・・・
 世の中、生きにくいじゃないですか。自殺する人もたくさんいる。
生き迷っている人は力をもらえる、遺族には慰めになる、そんな場を作りたいです。
 こんな体験をする前は、息子に先立たれたら生きていけないと思っていました。
でも、究極になると人間は思わぬ力がでることもあるのだなと。
わが子に対する母親の強い思いが力を引き出すのかもしれませんね。

**********************************************************

私たちのように、わが子を亡くすという、強烈な体験をしたものは
いやでも、命とは、生とは死とは・・・
と考えさせられてしまいます。
でも、幸運にもそういう体験のない世の人たちの多くは
日々、そんなことを考えて過ごすこともあまりないのでしょう。
私自身だって、娘を亡くすまではそうでしたから。
大切なものを亡くしてからしか、考えることができないなんて寂しいことです。

”命”ってなんなのか。
このごろの悲惨な事件をみていると、あまりに人の命が虫けら同然のごとくに扱われているようで。
たとえ、大切な人を亡くすという強烈な体験をしなくても
もっと世の中の人が、命について考えなくてはいけないんじゃないか。
教育の場でも、家庭でも、あるいは社会全体でも。
宗教とはいわなくても、精神的なことがらが、これまで
軽視されすぎてきたのではないかとおもう。
鈴木さんのような、メッセージが、もっともっと多くの人に届くといい。

命のメッセージ展、近くで行われたらぜひ見に行きたいです。

命のメッセージ展のHP→http://www.inochi-message.com/

鈴木さんをモデルに映画化もされてます。
0(ゼロ)からの風~http://www.zero-karano-kaze.com/contents/intro.php
主演が田中好子さん。
こちらもいつか観てみたいです。


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久しぶり [思うこと]

ずっと、日記書けないまま、なんと2ヶ月も経ってしまいました。
3月に無事公立高校に合格した娘も
4月から毎日、元気に学校へ通っています。
部活は、高校でもやはりバスケットに入り、毎日張り切って練習に参加しているようです。
新しい友達もでき、新しい環境にも少しずつ慣れてきたようです。
希望を持って、明るくがんばっている子供の姿をみられるのって、ほんとに幸せなことですね。

一方では、最近高校生が被害にあう悲惨な事件が頻発しているので
いろいろと心配も尽きませんが。。
無事に帰ってくるとホッとする毎日です。
ホントに、もっと安全な世の中になってくれたらいいのに。
いつになったらそんなときが訪れることやら。
悲嘆のため息がでるような事件ばかりが続けて起きて、いやになるこの頃です。

娘が高校生になり、卒業した中学校とはすっかり縁がなくなり
私も、学校へ行くことはもちろん、そちらの方面にでかけることさえも
このごろではあまりなくなってきました。
晴香や沙織がお世話になった先生も、何人か転勤されていきました。

きのう、久しぶりに中学校の前をとおりかかり
とても、懐かしい気持ちになりました。
でも、以前のように、もうそこには娘たちはいない
沙織が通っているころは、なんだか晴香までそこにいるような気持ちになっていたのだけど
きのう通りかかったときは、そういう気持ちにはなりませんでした。
懐かしくて、ちょっぴり淋しいような、そんななんともいえない気持ちにはなったのですが。。

もしかしたら、沙織の卒業とともに、
私自身も気持ちの上でいっしょに卒業したのかも。
晴香は、卒業式を前になくなってしまったので、卒業しないまま。
これまでは、晴香が・・というよりは、親である自分自身が
”中学生だった晴香”だけじゃなく、”晴香が通っていた中学校”にも
想いをのこしていたのかもしれない。

人の気持ちって、時間とともにかわっていくものなんですね。
もちろん、時間がたてばかならずかわるっていうものでもないんでしょうけど。
きっかけになるものももちろんあるんだろうし。
それは、できごとであったり、言葉であったりするのかもしれない。

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