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追悼池田晶子 [池田晶子]

先日の土曜日23日は、池田晶子さんの一周忌だった。

私が池田さんのことを知ったのは、昨年の3月のこと。
不思議なもので、私は池田さんが生きている間は
彼女のことをまったく知らなかった。
亡くなったあと、彼女の存在を初めて知った。
そして、彼女によって書かれた書物をたくさん読んだ。
その間、彼女がなくなってしまった人であるという感じがなぜだかしなかった。
文章の中で、彼女は今も生き続けているという言い方をするのが、一番適切なのかもしれない。

あれからはや1年近く過ぎたのだけど
はや1年もたつのかというおもいと
同時に、まだ1年しか経ってないのかというおもいも同時にある。

それは、この1年でずいぶんとたくさん、池田さんの著書を読んだから。
今読みかけているものも含めると全部で12冊。
まぁ、以前からどちらかというと気に入った作家のものを
続けて読む傾向はあったのだけど、それでもこういう類の本を
これほど何冊も読んだのは、おそらく初めてだろう。


最近読んだものは、次の3冊。

死と生きる―獄中哲学対話

死と生きる―獄中哲学対話

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 単行本

『死と生きる 獄中哲学対話』は、死刑囚と池田晶子の哲学往復書簡。
書簡とはいえ、中身は凝縮されたものがあり、ときには立ち止まって考えたり
で、読み終えるのにはかなり時間がかかってしまった。
死刑囚という「死」と向き合うという意味では究極の立場にある陸田真志とのやりとりは
生半可ではない真剣勝負。
2人の息詰まる言葉のやりとりからは、読んでいてもその緊迫した雰囲気が伝わってくるように
おもえたし、また、殺人犯であり死刑囚である陸田氏が、池田さんの本とであうことで
これほどまでにも、世の中の見方が、生と死に対する考え方が、見事にかわるものなのか
と、驚かされもした。
死刑囚陸田真志の言葉にもまた、考えさせられるものがあった。
表題をみても想像できるように、内容は決して軽いものではないけれど
一読の価値はあるとおもう。


人間自身―考えることに終わりなく

人間自身―考えることに終わりなく

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 単行本



睥睨するヘーゲル

睥睨するヘーゲル

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/01
  • メディア: 単行本


『睥睨するヘーゲル』は今読んでいる最中。
といっても、池田さんの本以外にも、東野圭吾とか最近話題の
『チーム・バチスタの栄光』などのミステリーものにもしばらく夢中になったりしてたので
こちらは、その合間をぬってぼちぼちで、なかなか読みすすんでないのだけど。。

12冊読んだといっても、池田さんが書かれたものの中ではまだ一部。
読んでいないもののは私が知っているだけでもまだ20冊以上。
まだまだ読もうと思えば、読むものはある。
全部読み終わるまでは、新たな池田氏と本の中で出会うこともできるのかもしれない。
でも、もっともっと書いてほしかったという思いもある。
今読んでいる『睥睨するヘーゲル』と、最後に書かれた『暮らしの哲学』
では、受ける印象が少し違って感じられる。
もし、彼女が生きていたら、これから書かれるものはまた少し雰囲気がかわっていたのかもしれない。
もっともっと年を重ねてから書かれたものが読んでみたかった。
それが、とても残念。

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葛藤 [日々のできごと]

年が明けてからというもの、これでもかというくらい、私のまわりで
つぎつぎといろんな事が起きています。
なんとかひとつひとつ、乗り越えてやってきたのですが
最近、自分でもどうしていいかわからないくらい、つらいことがおきてしまいました。

晴香がいなくなったとき、こんな悲しくつらいことをあじわってしまったのだから
もうこれからは、なにが起きても悲しいとかつらいとかおもうことなんかないだろうな
っておもったのに、こんな風に思い煩うことがあるなんて・・・

ごく平凡で穏やかな生活を望んでいるのに
なんで、こういろいろなことがおきるのかなぁ。

すべての出来事は、起るべくしておきている・・
どれもがみな、そのときの自分にとって必要なこと・・・

こういうことがよく言われるけど
だとしたら、今自分におきていることも起るべくして起きたことであり
これも自分にとっての運命ということなのだろうか。

最近よく読んでいるブログ(阿部敏郎ブログ~いまここ)に
良寛さんの詩が紹介されてました。

お前はお前で丁度良い

顔も体も名前も姓も、それはお前に丁度良い

貧も富も親も子も、息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度良い

幸も不幸も喜びも、悲しみさえも丁度良い

歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度良い

地獄へ行こうと極楽へ行こうと、行ったところが丁度良い

うぬぼれることもことも無ければ、卑下することも無い
上も無ければ下も無い、死ぬ月日さえも丁度良い

御仏と二人連れのこの人生が
丁度良くないはずが無い

お前にそれは丁度良い

 

やはり、どんなつらいことでも、自分にとっての運命として受け入れていかないといけない・・

ということなのでしょうか

阿部さんは良寛さんの詩に続けて、こんなことも書いてます。


僕たちは今だけの出来事に一喜一憂しがちですが、実際には悠久の時を旅しているのであり、永遠の宇宙を信頼して、その懐の中に生きるという、そんな信頼の境地が大切だと思います。


今だけの出来事に一喜一憂しがち・・・
今の出来事におもいきり翻弄されている自分は
まさに煩悩のかたまり。良寛さんの心境には程遠い。
阿部さんの言ってるような、永遠の宇宙のその懐の中に生きるというような
大らかな境地にはなかなかなれそうもありません。

 


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