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懐かしの飛騨高山へ [思い出]

3月半ばから、沙織は名古屋でひとり暮らし、
夫は突然の異動により、4月から飛騨高山へ、
そして私はひとり岐阜に、
現在家族3人がそれぞれ別のところで暮らしています。
3月の始めころまではこのようなことになるとは思ってもみなかったことです。
みんなばらばらとはいえ、お互いに岐阜や高山へと行ったり来たり、
沙織も友人に会うからと、ちょくちょく岐阜に帰ってきます。

私も4月になってから、引っ越しを含めこれで3回高山へ出かけてきました。
高山は、晴香が生まれる前から3歳になるまで住んでいたところ、
ゆっくりと高山の街並みを車でまわったり歩いたりするのは、ほんとうに久しぶり。

以前住んでいた住宅は、老朽化が進みとうとう壊されることになったのだとか。
なくなってしまうのは淋しいけれど、こればかりは仕方がないですね。
車で住宅まで行ってみたら、
まわりには新しい道路ができ、新しい家が建ち、少し景色は変わってみえましたが、
住宅そのものは以前以上に古びてみえたものの、建物もまわりの敷地も昔のまま。
しかしいずれ壊されることが決まっているせいか、住んでいる人はごくわずか、
人の気配は感じられず子どもの姿も見ることができなく、淋しげな様子でした。

T2.jpg

私たちが住んでいたころは、小さな子どもから小学生くらいの子どもたちが、
いつも暗くなるまで、住宅の周辺で元気に遊んでいたものでした。
晴香も、同じくらいの子からちょっと上のおにいちゃんおねえちゃんまで、
大勢に囲まれのびのびと過ごしていました。

T1.jpg

高山駅前、鍛冶橋、安川通り、宮川や中橋、大八賀川に東山地区・・
どこもかしこも懐かしい。。
新しい店が建っていたり、新しい道路ができていたり、坂の上のほうまで新しい家が建っていたりと、
昔と変わっているところもあったけど・・
それでも、何十年かぶりに通ってみると、あっちにもこっちにも、
昔の思い出がいっぱい刻まれている。
以前の記憶が甦り、まるでタイムスリップをしたかのような気分になってくる。

T3.jpg

高山には幼い頃の晴香との想い出がたくさん詰まっています。
この頃では、20年以上も前のことをそれほど鮮明におもいだすことはあまりなかったのだけど、
ひさしぶりにこの土地を訪れてみると、当時のことがちょっと前のことだったかのように、
次々と思い出されてきます。
嬉しいような、でもちょっぴり切ないような。。

岐阜に帰って来てからも、高山で過ごした日々が懐かしくなり
おもわず昔のアルバムを引っ張り出してきました。
幼い晴香、若い父と母。
高山の街並み、お祭り、たくさんのお友達、
懐かしい・・でも、あんまり眺めていると感傷的になってしまって、どうもいけませんね。
昔の写真を見るのもほどほどにしておいたほうがいいのかも。
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E・G

はるママさん

今日の関東は爽やかに晴れて、まさしく風薫る五月
という言葉がピッタリでした。

昔のぼくが晴れやかな顔で、小さな娘をだいて緑の
公園に立っている写真も、そんな五月の光の粒子の
なかので撮られたもののようです。

あの頃、ぼくをつつんでいたあふれる光と、いまぼ
くをつつんでいる光は同じものなのでしょうかね?

昔の写真は懐かしく、けれど痛みを伴わずに見るこ
ともできませんが、その痛みという印画紙のなかに
こそ愛は消えない像を結ぶものなのかもしれません。

by E・G (2012-05-05 22:25) 

はるママ

E・Gさん
記憶というものは、時とともに薄れしだいにぼんやりとしていきがちですが、
昔の写真を見たり想い出の場所を訪れたりすることで、
突然鮮烈に蘇ったりもするようです。

懐かしさとともに感じられる痛み、
しかし、もし痛みを覚えることがなくなったとしたら・・
それはそれで、もしかしたらもっと悲しく淋しいことなのかもしれません。
痛みをあえて引き受けていくことも、
きっと必要なことなのでしょうね。

E・Gさんの言葉から、忘れかけていた大切なことを
今改めて思いだすことができました。ありがとうございます。
by はるママ (2012-05-06 22:31) 

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